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件名:【Publicity】873:日本人に不向きな職業/「葬られるのは誰か?」(その1)/投稿・エロライターの仕事と生活

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PUBLICITY
No.873(2004/03/07/日)

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「PUBLICITY」(パブリシティー) 編集人:竹山 徹朗
E-mail:
freespeech21@infoseek.jp(こっちにどうぞ)
freespeech21@yahoo.co.jp(こっちはもうすぐ消えます)

※転送・転載自由です。ただ、転送・転載される時には、
登録申し込み先(↓)も必ず合わせて併記してください。
http://www.emaga.com/info/7777.html



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        ◆◇今号の目次◇◆


【めでぃあ・オフノート】
▼「葬られるのは誰か?」(その1)
編集者と書き手との悩ましい関係

【投稿紹介】
▼エロライターの仕事と生活

【転載】
▼神浦元彰(軍事アナリスト)の「J−RCOM」
日本人には不向きな職業


        ◆◇     ◇◆


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【めでぃあ・オフノート】  

▼昼間はえらくあったかかったが、途中から雪が降ってきやが
んの。なんちゅう天気や。


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「葬られるのは誰か?」(その1)
前回までのまとめ
編集者と書き手の悩ましい関係

▼前号「葬られたのは誰か?」(その8)には、わっかりにく
い文章を載せてしまった、いやー、申し訳ない。ほとんどメモ
の状態のようなところもあって、あとで読み返して、言いたい
ことは全部書いたのだが、それらが散乱している感じだった。
散らかった部屋の中身をそのまま見せたような感じで、いやは
や。

▼恥ずかしながら、前号までの経緯をざざっと整理しておこう。

1994年、森達也氏は、映画監督の筒井和幸氏から得た情報
をもとに、戦後日本史最大のミステリーと言われる「下山事件
」について取材を始めた。

森氏がジャーナリストの斉藤茂男氏と共に開始した取材は、テ
レビドキュメンタリーの企画として各局に持ち込むも、悉く却
下。ただ、「報道特集」で取り上げる目処がつくも、結局ボツ
になる。

森氏は、「下山事件」取材を、週刊朝日で連載するとともに、
自主製作映画作品として完成させる約束で、週刊朝日の山口一
臣・諸永裕司両記者とともに取材を進める。

しかし、(おそらく)森氏の記事執筆が遅れたため、山口・諸
永両氏が、連載第1回目の原稿を書いたうえで、連載開始する
ことを森氏に伝える。森氏は第1回の原稿に最低限の直しを入
れ、3人の名前で連載開始。第2回目以降は森氏の名前をオモ
テに出して、週刊朝日での5回の連載を終了。

その後もいろいろあって、結局、諸永氏は森氏に知らせること
なく、週刊朝日での連載などをもとに『葬られた夏』を200
2年末に刊行。森氏は2004年2月に『下山事件』を刊行。

▼本連載(その6)(その8)では、『葬られた夏』の内容の
分析を試みた。で、『葬られた夏』の特徴としてぼくは、

1「日本での取材日時や時系列の消失」
と共に

2「主語の曖昧さ」、
そして

3「過剰な情緒表出」の3点を挙げた。

客観的にみて納得度の高いのは、1、時系列の混乱であろう。
これは本連載(その6)で示した。

あとの2、3は、まあ、個人的な感想にすぎず、人によって「
いやー、それは違うよ。私はそうは思わないね」といった感覚
の違いとして処理されるレベルの問題だろうが、ぼくはどうも
納得できないし、本の特性をあらわしていると思ったから、書
いておいた。

▼で、先の2点からは、「自分の著作から、森氏の存在をいか
にして消すか」という意図があったのでは、と推察する。

そして、3点めからは、取材対象への迫り方、取材態度そのも
のに対して覚えた違和感を書いた。これが、(その8)の前半
の主な内容である。

▼さらに、『葬られた夏』と『下山事件』の、下山事件に対す
る迫り方の相違が、最も顕著にあらわれている例としてぼくが
挙げたキーワードが、「Y氏の弟」。――矢板康二氏の描かれ
方である。

このキーワードがそのまま、諸永『葬られた夏』から森『下山
事件』への、橋渡しの役割も果たしている。これが(その8)
の後半ですナ。

つまり、『葬られた夏』では「Y氏の弟」という匿名で出てく
る人物、すなわち矢板康二氏が、『下山事件』では、実名で描
かれているのである。

▼森氏が実名を示した人物を、なぜ、諸永氏は匿名でしか書け
なかったのか。2人は同じ取材をしていたはずなのに。

そこからぼくは、諸永氏がなぜ匿名で書いたのか、の理由には
触れずに、森氏の作品の強みである、取材対象との人間関係、
信頼関係の深め方、関係の変容そのものを描く魅力を指摘した
。

如上の内容を、とにかく叩き打ちしたのが、(その8)の内容
でした、悪しからず。

▼前号の結論部分。『葬られた夏』は、もっともっと優れた作
品として世に問うことができたはずである。そうならなかった
理由は、やはり「森氏からの影響等を極力消そうとする意図」
によって、作品全体に自ら足枷をはめた結果であろう、と思わ
れる。

さらに加筆すれば、あとから森氏の本も出版されることが容易
く予想できる状況だったのだから、どうせなら、どれだけ森氏
の執筆が遅れ、週刊朝日としてどれだけ迷惑を受けたか、など
、正面きって書ききったほうがリアリティーが生まれ、かえっ
て下山事件を「戦後日本の問題」としてではなく、「自分の問
題」として、捉えきることができたのではなかったろうか。

なぜ、そうしなかったのか。勇気がなかったのか。負い目や引
け目があったのか。それとも違う戦略があったのか。あったと
すれば、それは保身のための戦略ではなかったか? 作品の質
を高めることを第一義とした戦略だったか?

概要、これで「葬られたのは誰か?」8回分を読んでない人で
も、今後の内容はだいたい理解できるでしょう。


▼『葬られた夏』の成立事情を推測する一つの参考資料として
、諸永氏が尊敬するジャーナリスト・斉藤茂男が遺した文章を
一つひいておこう。

斉藤が、有名な、「朝日新聞のカメラマンが、サンゴに自分で
傷をつけて“自然破壊”の現場写真をねつ造していた事件」(
斉藤茂男『現代を歩く』p153−4)について書いた文章が
ある。

朝日新聞の労働組合が常設している「新聞研究委員会」の機関
紙『新研かわら版』を通して、彼は次のように指摘している。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
もともと虚報・誤報が発生しやすいのは、他社と激しくせり合
っているときだ。特ダネを抜いた、抜かれたと、業界内部だけ
に通用する競争意識にとりつかれているお、ついつい筆が滑っ
たり、功名心にかられて虚像をつくったりする。

だが朝日のサンゴ事件は他紙と抜き合いをしていたわけではな
い。『新研かわら版』によると、虚報ねつ造へエスカレートし
た背景に、社内競争があるのが問題だという。

読者読者といっているが、実際に考えているのは“社内読者”
であり、社内向け特ダネ心理がああいう行動に走らせるという
わけだ。他社の記者と競争するより、同じ社内の記者同士の競
争意識が強いという。

とすると、自分は巨大な影響力を持つマスコミの牙城の社員で
あり、有能な記者なのだというエリート意識が、虚像づくりへ
かりたてる元凶ということになりそうだ。

『新研かわら版』には、この10年の間に社内の自由な空気が
次第に希薄になり、官僚化してきたことを憂える声もある。し
かも右翼からの執拗な攻撃がくり返されていることへの危機感
もうかがえる。こういうマスコミ内部の事情が“真実の報道”
に大きな影響を及ぼす心配がある。
(同書p155)
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▼社内事情ねえ。『葬られた夏』と『下山事件』に携わった人
も、その後いろいろあって、栄転した人もいれば、左遷された
人もいるだろう。そういう「マスコミ内部の事情」まで含めて
真相を考えさせることを、この2冊の本はぼくに強いてくる。


▼さて、編集者と書き手との関係について、広告制作会社に務
めている友人から、次のような話をきいた。

広告は、ディレクターがプランナーやデザイナーなどとたくさ
んの人と一緒に仕事をする。ディレクターは、デザイナーたち
をおだてるもよし、おどすもよし、とにかく期限までに、商品
をつくる。

作り終えるのがディレクターの仕事の責任であって、期限まで
に商品を作れなければ、それはプランナーやデザイナーなど、
たくさんの人々の責任というよりも、ディレクターの責任だ。

雑誌の編集者とは、この場合の、広告制作のディレクターにあ
たるのではないか?

つまり、書き手をなだめすかして、ときにはおどして、如何な
る手段を用いてでも、しめきりまでに原稿を入手する。それが
編集者の仕事であって、だとしたら、「『葬られた夏』と『下
山事件』問題」でいえば、週刊朝日の連載開始が遅れたのは、
少なくとも、森氏だけの責任であるとは、どうも思えない。

編集者の山口・諸永両氏にも、その責任の、全部とは言えない
が、少なくとも半分はあるだろうし、そこのところを見落とし
ているのではないか、と。

つまり、編集者は、誌面の作成に対して「編集責任」とでも言
うべきものを持っていて、その「編集責任能力の欠如」も合わ
せて問うべきであろうというのだ。なるほドナー、と思った。

この論理でいけば、森氏が扱いづらい書き手だという理由でゴ
タゴタが起きたのであれば、扱いきれなかった週刊朝日編集者
にも責任がある。

▼そもそも、書くのが遅いというのもわかっていたことで、編
集者は「下山事件」を企画に乗せたり「スクープ」を狙わなけ
ればよかったのである。ま、それにしたって1年以上も待たさ
れるとは思ってなかったとは思うが、それも編集者の力量次第
といったら言い過ぎか。デスクの判断にもよると思うが。まあ
、推測の霧のなかだね。

森氏も、諸永氏も、書き手として、編集者として、お互いに果
たすべき責任を果たせなかった事例と言える。もう一人の編集
者である山口一臣氏も、同様である。

▼そうこうした前提のうえで、森氏に一言のことわりもなく『
葬られた夏』を世に出した諸永氏の振る舞いを問うべきであり
、如上の前提が全く意識されていない議論は、ちょっと上滑り
っぽく感じるなあ。物書きのなかには、森氏を応援したくなる
人が多いと思うが、そうでもない物書きの方からの投稿もいた
だいている。

これ、やっぱり非常に興味深い問題ですね。

▼ということをあれこれ考えていたら、前回紹介した「週刊新
潮」での福田和也氏に続いて、この問題を取り上げた物書きが
出て来た。ノンフィクション作家の佐野眞一氏である。

(この項続く)
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【投稿紹介】

▼下の内容のメールが合計4通、違う人たちから届いたので、
紹介する(^_^;)。まあ、間違いなく面白いでしょうな。


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出版ネッツ関東3月寄り合い

エロライターの仕事と生活から考える出版・表現の自由
――日本で初めて、マンガがわいせつ罪に問われた
松文館事件で、出版社社長に有罪判決が。
エロ本の存在自体を国が取り締まることの意味とは?

<話者>松沢呉一さん(ライター)
<コーディネーター>長岡義幸(フリーランス記者)

日時:04年3月19日(金)19〜21時
会場:シニアワーク東京2F・第4セミナー室
東京都千代田区飯田橋3−10−3(TEL 03-5211-2307)
<交通>JR中央線:飯田橋駅下車徒歩7分、地下鉄:飯田橋
駅下車徒歩7分(東西線、有楽町線、南北線)、地下鉄:九段
下駅下車徒歩10分(東西線、半蔵門線、都営新宿線)
会場地図:http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/topic/jinkatu/map.htm
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.41.49.352&el=139.45.10.557&fi=1

参加費:500円(ネッツ組合員は無料)
※予約不要ですが会場の定員42人に達しましたら入場を締め切
らせていただきます。

問い合わせ:ユニオン出版ネットワーク(出版ネッツ)TEL03-3816-2973
※お問い合わせはできるだけメールでnets@jca.apc.orgまでお
願いいたします。
主催:出版ネッツ関東運営委員会 URL:http://www.jca.apc.org/NETS/
※出版ネッツは出版界で働くフリーランスの個人加盟ユニオン
です

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かつて週刊「SPA!」の連載「松沢堂の冒険」で出版業界や古書
業界に切り込み、現在はエロライター、風俗ライター、ときに
はテレビのコメンテーターとして活躍中の松沢さん。

ひとつの出版分野でありながらなかなか様子のわからないエロ
メディア・ライターの仕事のやり方と実情、エロメディアに限
らない原稿料や印税などの「ライターの経済」の現実、さらに
は出版の自由を脅かすエロメディア規制の現状などをうかがい
ます。
====================================================

<話者プロフィール>

【松沢呉一(まつざわ・くれいち)】
1958年生まれ。音楽・宗教・著作権など幅広いテーマをこなす
ライターだったが、現在は性を主なフィールドにして活動中。
性、性風俗に関する思いこみや決め付けを丹念に検証し続けて
いる。著書に『ぐろぐろ』、『エロ街道をゆく』、『魔羅の肖
像』、『熟女の旅』、『風俗就職読本』、『風俗ゼミナール<
女の子編、お客編、上級・女の子編>』、対談集に『ポップ・
カルチャー』、編著に『売る売らないは私が決める』、『ワタ
シが決めた』など。

【長岡義幸(ながおか・よしゆき)】
出版業界紙記者を経て、フリーランス(インディペンデント)
記者。日本で初めてマンガがわいせつ罪に問われた裁判、松文
館事件を追った『「わいせつコミック」裁判』を今年1月に上
梓。他の著書に『物語のある本屋』(共著)、『出版時評』が
ある。
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【転載】
神浦元彰(軍事アナリスト)の「J−RCOM」
〜激動する世界の最新軍事情報を発信〜
http://www.kamiura.com/new.html
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■タイトル
イラク アフガンで 清掃、訓練、警備 
民間の「軍事」参入拡大 「監視抜き」に懸念も 
(読売 3月6日 朝刊) 

■要約
米軍が駐留するアフガンやイラクで、本来なら軍隊がする業務
を民間の企業が進出している。

例えば、米ダインコープ社はイラク警察の教練、米ビネル社は
新生イラク軍の育成、英エリニス社は石油パイプラインの警備
を担当している。

こうした会社は「プライベート・ミリタリー・カンパニー(民
間軍事会社)と呼ばれ、ほとんどは元軍人が高級を得ていると
いわれている。

英軍SASの元隊員なら一日1000ドル(11万円)の高報
酬で、死亡した場合も兵士並みの補償が政府から支払われる。

米軍の04年度会計イラク駐留、復興予算の総額875億ドル
(約九兆六千億円)のうち、約3分の1が民間企業に支払われ
る。米軍は冷戦終結で兵力の大幅削減を行ったため、イラクや
アフガンで兵力不足が起きている。そこでこのような企業が大
きく進出した。

しかし民間企業のため国民の目が届きにくく、議会やメディア
の監視抜きに代理戦争を仕掛けることが可能になるという意見
もある。また英外務省が2年前に公表した報告書では、「国連
は民間軍事部門を活用すれば、迅速かつ効果的に危機に対処で
きる」とPKO活動に民間軍事会社を使うことを提言している
。しかしそのような職員の国際的な定義はない。

■コメント
最初は誘拐保険会社に元SAS隊員たちが雇われ、誘拐された
社員の会社の危機管理や犯人との交渉を行ったことだと思う。
海外の誘拐事件では、警察では対応できないのである。

またイラクやアフガンで要人警護も地元の人には期待できない
。たいていはその国の元情報機関や元特殊部隊の隊員で、どこ
でどうテロ組織と繋がっているかわからないからだ。

このような会社に米英が依存する傾向はさらに強まると思う。
たとえ多少お金がかかっても、兵士が死んだり傷ついてもマス
コミが騒がないからだ。

といっても誰でもなれるわけではない。それなりの経歴と技能
が必要である。

よく日本人の若者が、このような仕事を探して海外に海外に行
くものがいる。

週刊誌編集部時代に何人か面接したが、ほとんどの場合、戦争
映画以外に戦争経験はなかった。それに言葉も通じなければ、
だれも警備に雇ってはくれない。それなのに若者は東南アジア
の某国で傭兵に志願してきますと話す。日本人には不向きな職
業であることを理解してほしい。

またこのような背景には、冷戦終結で大量にリストラされた元
兵士の失業問題がある。

93年にフランスの外人部隊を取材したとき、東欧の軍隊を解
雇された兵士が多く入隊していた。ソ連邦崩壊(ワルシャワ同
盟軍)で失業した元特殊部隊の隊員もいた。

その中には社会に適応できないで、軍隊組織という世界でしか
生きられない者もいた。

日本人が戦争ごっこで考える傭兵とは別な次元である。くれぐ
れも日本人はマネをしないように。
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